#1 蓮化再誕 - PINOCCHIO -

封神演義と鬼哭街のクロスと言いますか、鬼哭街の世界に封神キャラがパラレル設定で出てくる話です。といっても鬼哭街の本編終了後になりますので、鬼哭街キャラで出てくるのは左道鉗子こと謝逸達ぐらいですが。あと世界観に攻殻機動隊も混ざっています。

「なにぃ!? 取り逃したぁ?」
 私室の寝台の上で哪吒に突き上げられながら、太乙は電話口の向こうの部下に怒鳴りつけた。電話の向こうの相手はしきりに謝っているようだ。激しく突かれて息を乱しながらも、太乙は電話口の向こうの部下を容赦なく叱咤する。
「そんだけ雁首揃えといて……っは、何やってんの……っ、ああ、こっちは気にしないでいい、ちょっと取り込み中なだけだ、っく」
 対面座位で自分を下から突き上げさせていた哪吒に腰の動きをゆるやかにしつつも止めさせないように指示し、電話口の相手に更なる檄を飛ばす。
「あいつに逃げられたら厄介だ。いいかい、必ず見つけ出すんだよ……っ」
 電話を切ると枕元のサイドテーブルに放り出し、太乙は独り言のように毒づいた。
「くそっ、逃がしゃしないよ、雲中子」
 その後は気分を切り替えて現在行っている行為に意識を戻し、哪吒に与えられる快楽を享受することに集中することにした。少年型セクサロイドの筐体をベースに作られた哪吒に疲れの色は見られず、その表情にも乱れは一切無い。魂魄以外は全てが機械部品で作られた彼は太乙の最高傑作の人型兵器にして、最愛の性玩具でもあった。
「そろそろ逝きそうだ。ここからは全力で頼むよ、哪吒」
 そう指示すると哪吒は太乙を寝台の上に押し倒し、打ち付ける腰の動きを本格的に早めた。巨大サイズにカスタマイズされた人工ペニスが太乙の直腸の奥深くまで抉り、最奥にあるS字結腸の入り口を容赦なく突き上げる。
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、ああっ」
 セクサロイド用に搭載された自己学習プログラムにより太乙の快楽のツボを記憶している哪吒の腰使いは、極限までに効率化されたタイミングで容赦なく責め立てた。太乙は辺り憚らぬ大声で嬌声を上げ、自分を抱く少年の首と背中に手を回して爪を立てた。だが銃弾や刃物をも通さない特殊素材で作られた人工皮膚はその程度では傷一つつかない。これのせいで逆に太乙の爪の方が剥がれてしまったことも一度や二度ではなかったが、それに懲りた太乙が背中の人工皮膚を滑りやすい素材に変えたことで爪は引っかからなくなり、そのような事故は起こらなくなった。
「あああああーっ!」
 絶頂を迎えた太乙が大きな声を上げ、手足を哪吒の身体に絡みつかせる。肛門がぎゅっと締め付けられると測ったようなタイミングで彼の胎内に哪吒の人工精液が射出される。本来なら必要無いかのように思える機能だが、セクサロイドの愛好家の中には中出しされる感触を好む者も少なからずいるため、人体に影響のない液体を射出する機能が標準で実装されているのだ。勿論、後始末が面倒な場合はその機能はオフにすることもできる。
「あ……あ……」
 胎内に暖かい液体を注ぎ込まれる感触に、びくびくと痙攣を続けながら太乙は喘ぎ声と涎を垂らした。そうしてしばらくの間、太乙が絶頂の余韻を味わった頃、哪吒が身を離した。男根を引き抜く前に己の印をなすり付けるように腰を押しつける。その所有欲じみた感情を表す所作は、予めプログラムされたものではない。彼の魂魄が最初から持ち合わせているものだった。普段感情を露わにしない哪吒が時折見せるそんなところもまた、太乙にとって愛して止まないところだった。
「フーッ……」
 哪吒が身を離して己の隣に横になると、太乙は満足げに大きく息を吐いた。労るようにその赤い髪を撫でてやる。かつては毎晩のように色町を彷徨い、春をひさいできた太乙であったが、彼を満足させられる男は一人としていなかった。この哪吒に出会うまでは。哪吒の髪を撫でながら、太乙は彼と出会った日のことを思い出していた。

「それだけの大金を用意するということは、よほど厄介な患者と見受けるが」
 虹口ホンコウのスラム街に位置する己の診療所にて、提示されたアタッシュケースにぎっしり詰まった札束を一瞥した後、診療所の主である闇医師、謝逸達ツェイーターは目の前の青年を探るように見た。
「その通り。単刀直入に言うと、ある少年の魂魄を全て抽出して、電脳に移し替えてほしいんだ」
 太乙と名乗った黒髪の青年はプレゼンでもするかのように明るくはきはきとした口調で謝に説明した。
「彼は現在、梅毒の第四期でね。正直、いつ死んでもおかしくない状態だ。脳もやられていて意識レベルも危うい。完全に手遅れになる前に、彼の魂魄を抽出したいんだが、出来るかい?」
「正確なことは患者を診ないことには何とも言えないが、脳がやられているのであれば、完全にその内容を移し替えることは難しいかもしれんよ」
「魂魄さえ全て移し替えられれば、多少欠けていても問題無い。後はこちらで用意した人工知能で補う」
「やれやれ。そこまで出来るのであればわざわざ大金を用意して儂に依頼するまでもなく、自分で魂魄転写の処置を施しても良いだろうに。儂が確立した魂魄転写のプロセスは、既に一般化されているのだから」
「確かに私はサイバネティクスの専門だが、魂魄転写の第一人者は貴方だからね。それにあなたは、ほぼ劣化なしの完全なる魂魄転写に成功したということじゃないか」
「あれは成功と呼ぶには判断材料が少なすぎるし、失敗と呼ぶにも同様だ。成功か失敗かの判断自体が不可能な中途半端な結果に終わった、どうにも宙ぶらりんな実験だよ」
「でもそのノウハウは残っているんだろう? だったら、それを元にした方法で可能な限りの劣化が少ない魂魄転写を試みることはできるんじゃないかな」
「結果の保証はできないがね」
「いずれにせよ、その道の最上の専門家にお願い出来るのなら、その方がいいからね。是非ともお願いしたい」
「そこまで言われるなら、断る道理もない。して、患者はどこに」
「今、外に停めてある車で部下と共に待たせてあるよ。費用についてだが、これで足りないというのなら、勿論それも追って用意する。現在用意できるキャッシュがこれだけだったが、これでは不足かい?」
「いいや、これで十分だ」
「じゃ、決まりだね。容れ物になるボディもこちらで用意してある。患者と一緒にすぐに運び込ませるよ」

「それがこの患者の新しい魂魄の器かね」
 台の上に横たわった「それ」を見て謝が聞いた。赤い髪を持つ、年端もいかない少年の姿をしたアンドロイドで、腕輪のような飾りを両腕に付け、赤い腰布一つを纏っただけの姿をしている。それはまだ成長途中の姿でありながらも、引き締まった筋肉質な外見をしていた。
「そう。金光義肢公司製のLOTUS-606型。ガイノイド、所謂女性型のセクサロイドを作るメーカーは数あれど、男性型を作っているのはここぐらいだからね。ただでさえ男性型の筐体はニッチな市場ゆえに種類が少ないけど、品質は一級だよ」
 太乙は満足げに頷くと、アンドロイドの置かれた台の隣に置かれた診察台にかけられた毛布を取り除いた。そこには昏睡状態の少年が一人横たわっていた。謝は改めてその少年の状態を確認する。十七、八の少年で、彼の顔や体のあちこちには火傷の跡のような瘡蓋かさぶたが出来ており、鼻の右側から上唇にかけては欠損してしまっている。見るも無残な姿だった。
「この年齢で梅毒の第四期とは……」
 少年を診察しながら、謝が呟いた。梅毒が第四期にまで進行するのに要する期間は十年ほどであるため、現在の少年の見た目の年齢から逆算すれば、かなり幼い頃に感染したことになる。謝の推測を裏付けるように、太乙が説明した。
「幼い頃に拉致されて娼館に売り飛ばされ、七歳の頃から客を取らされていたそうだよ。梅毒の症状が進んでからはより安い値の男娼を扱う娼館に下げ渡され、更に進行してからはろくに手当てもされないまま最低限の食べ物だけ与えられた状態で放置されていたそうだ。よくあることだけど酷い話だ」
 現代の医療技術を持ってすれば、梅毒はさほど恐るるに足る病ではない。但しそれはあくまで早い段階で抗生物質などを用いた適切な治療を受けられたら、の話である。劣悪な環境下でろくに治療も受けずに放置されていたとあっては、当然ながら進行していずれは死に至る。太乙の言うとおり、この都市の場末にある掃きだめのような界隈では、よくある話だった。
「で、あんたはその可哀想な少年を引き取って魂魄を新しい身体に移し替えてどうすると? この少年に待っているのはまた慰み者になる日々かね」
「まさか! まあ、個人的にそういった用途に使わないとは言わないけど、あくまで彼の意思を尊重するつもりだし、それに何より私は抱かれる方が好きだからね」
「意思ね。果たしてそこに彼の自由意志が介在する余地があるのか疑わしいところではあるし、抱くにせよ抱かせるにせよ、どっちにしたってこの少年にとっては性的に搾取されることに変わりはないだろう。ま、金を貰う以上はクライアントの事情にとやかく言えた義理はないし、彼がどうなろうと知ったことではないが……」
 その時、少年がうっすらと目を開け、視線だけを動かして太乙の方を見る。太乙は安心させるように少年に優しく声を掛けた。
「ほら、君、あと少しの辛抱だから。もうちょっとだけ頑張りなさい。今まで辛かったね。でも、これから君は病気になることもなく、怪我をしてもすぐに元通りになる新しい身体に生まれ変わるから、もう苦しむことはないんだ。どんな者にだって負けない強い身体で、何だってできるようにしてあげるよ」
 その声を聞いて少年は今一度はっきりと太乙に視線を向けると、目を閉じて再び昏睡状態に戻った。最後にその目に浮かんでいたのは、弱々しいながらもはっきりとした希望と闘志だった。太乙は少年の瘡蓋だらけの頬を優しく撫でてやると、明るい声で謝に促した。
「さあ、早いところ処置を頼むよ、先生。手遅れになったら元も子もないからね」

 魂魄転写の処置は、三時間ほどで終わった。本来なら魂魄転写に伴う精神コードの抽出には被験者の痛覚神経に過度の刺激を与え続けること、要は拷問を行うことで転送に伴うノイズを遮断する必要がある。が、既に弱り切っていた少年にはそのような処置を施すまでもなく、その脳の内容を全て抽出して予め用意されていたアンドロイドの電脳に移し替えることが出来たのだった。
「哪吒」
 朧気な意識の中、少年が最初に認識したのは聴覚からの刺激だった。聞き慣れない名前のようなものが自分に向かって呼びかけられている。その声に反応し、少年はゆっくりと瞼を開いた。その視界に飛び込んできた光に目が慣れず、しばしの間少年は目をすがめたままでいた。やがて目が光に慣れてきた頃、少年の目に飛び込んできたのは見慣れぬ初老の男と、こちらを覗き込む年若い青年の顔だった。
「気がついたかい」
 青年が微笑みながら再度呼びかけてきた。少年が戸惑っていると、青年は彼の目を覗き込みながら続けて言ってきた。
「自己紹介がまだだったね。私は太乙。職業は、まあそうだね、サイバネティクス技術で色々とやっている者だ。気分はどうだい、哪吒」
「……哪吒?」
 再び呼びかけられた聞き慣れぬ名前を復唱する。太乙と名乗った青年は彼の目をのぞき込みながら言った。
「そう、それが君の新しい名前だ。これから君は私の元で、哪吒という名で新しい人生を歩むことになる。よろしくね、哪吒」
「……ああ」
 事態があまりよく把握できていなかったが、ひとまず目の前の太乙とかいう男に害意はないと少年、今の名は哪吒は判断した。寝台の上に身を起こして目の前で手指を開いたり閉じたりして動かしてみる。新しい靴を履いたばかりのような違和感があったが、指は問題無く彼の思う通りに動いた。寝台の上に座ったまま、床に届かない足をぷらぷらと動かしてみるが、やはりその足は見慣れないものだった。
 何より全身にあった赤い瘡蓋がひとつもなく、その皮膚は昨日生まれたばかりのようにすべすべとして傷一つない。いや、よくよく触ってみるとその皮膚の触感は人のそれではなかった。人肌によく似た質感と弾力を持つそれは、アンドロイドの外装加工に使われる人工皮膚であった。肘や指の関節を触ってみると、皮膚の下に人のそれとは明らかに違う球体関節の構造特有の感触があった。
 哪吒が黙って顔や身体をさすっていると、それまで黙っていた初老の男が声をかけてきた。
「手足に違和感はないかね」
「……わからない。思ったようには動くが、これは俺の身体じゃないみたいだ」
「みたいじゃなく、本当に今までの君の身体とは違う身体に生まれ変わったのだよ。君の元の身体を見るかい?」
 そう言って初老の男が顎をしゃくった先には、もう一つの寝台があり、その上に一人の少年が横たわっていた。目を閉じて安らかな表情で眠っているようだが、その顔には既に血の気はなく呼吸している様子もない。
「あれは……俺?」
「そうだ。数時間前までは君はあの身体の中に居た。もっとも君の魂魄を今の身体に転写する際に脱魂燃焼レイスバーンを起こし、その脳は完全に焼き切れて機能停止しているがね」
 哪吒は改めてその抜け殻となったかつての己の身体をまじまじと見た。骨と皮ばかりにやせ衰えたその身体を、見るも無惨に爛れた皮膚が覆っている。顔も同じく瘡蓋でボロボロになり、原形を留めぬほどに損壊しているが、そこにはどこか、打ち棄てられた廃寺の奥で雨風に晒され続けた仏像を思わせる安らかさが浮かんでいた。全ての苦しみから解放された末の抜け殻だけが持つ、安らぎの表情だった。
「じゃあ、謝博士、彼はこのまま連れて帰るから、後のことはよろしく頼むよ。あの死体の処分も任せていいかな?」
「ああ。それも料金のうちにサービスしておくよ」
「悪いね。じゃ、行こうか、哪吒」
 そう言って太乙が哪吒に手を差し伸べた。哪吒はその手を取って寝台から降りる。そして立ち去る前に謝と呼ばれた男を一瞥し、次いで奥の寝台にあるかつて己の身体だった物をもう一度だけ見た。その後はもう振り返らず、太乙に手を引かれたまま扉をくぐり、診療所を後にした。
「さて、こいつを片付けてしまわんとな……」
 再び独りごちると、謝は残された死体を片付ける準備を始めた。梅毒に冒された死体など、長いこと放っておきたいものではない。ましてやそれが第一級の電脳犯罪である魂魄転写に伴う脱魂燃焼の痕跡を遺すものであれば尚更だ。犯罪の証拠はさっさと隠滅してしまうに限る。謝は日頃より懇意にしている死体の処理を専門とする業者への連絡を取るべく受話器を上げ、業者が表向きに掲げている会社のカスタマーサポートへの直通番号を押した。一コールで電話は取られ、若い男のハキハキした声が電話口の向こうから聞こえてきた。
「お電話ありがとうございます。こちら李家具店、お客様サポートセンターです」
「ああ、お宅で買った机ね、天板の裏に一箇所、焦げ付きがあったんだが」
「それは大変申し訳ありませんでした。お客様IDをお伺いしても宜しいでしょうか?」
「K−134−6だ」
「ありがとうございます。机の材質は木製で間違いないしょうか?」
「いいや、木製ではなく金属製だ」
「かしこまりました。お引き取りの手配をいたします。ご都合の良いお日にちは、金曜日で大丈夫でしょうか?」
「いいや、金曜日ではなく木曜日で頼む」
「かしこまりました。直ちにお引き取りに伺います。梱包材もこちらで準備いたしますので、そのままでお待ち下さい」
「ああ、よろしく頼むよ」
 業者と取り決めた符号を含ませた会話を終了させると、謝は受話器を置いて業者の到着を待つことにした。外の様子を見ると、降り続いていた雨は小雨になりつつあった。この分であれば業者が到着する頃には雨はもう止んでいることだろう。謝はそう考えると、座っていた椅子の背に身を預けて目を閉じた。

《続》

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