#4 公安12課 - SECTION 12 -

攻殻機動隊と鬼哭街の混ざった世界に封神キャラがパラレル設定で出てくる話です。時系列的には#2の翌日になります。本文中に登場する写真の詳細とか道徳の受難に対してはそのへんのお話しをご参照ください。

「こりゃひでえ」
 現場を一目見て、上海市公安局の殺人課から現場に派遣されてきた刑事、南宮适は顔をしかめた。上海旧市街の込み入った裏通りにある未登録のその通路からは既に死体は片付けられていたが、地面は元より壁一面にも血の跡が残っており、それ以外の壁には9mm弾の弾痕がいくつも穿たれ、そこで起こったことを生々しく示している。
「今月これで何件目だ?」
「もう三件目さ。こうやって路地裏でチンピラが惨殺されているのは。それも玉柱幇の配下の奴ばっかり」
 南宮适の問いかけに答えたのは、彼の後輩であり、一連のチンピラ殺しの事件を追う相棒である警察官、黄天化だった。
「また玉柱幇か。犯人ホシの目星はついてねぇのか」
「全然。恨みを持ってそうな奴らを片っ端から洗ってるけど、どこも該当者ナシ」
「ロシアンマフィアの方はどうだ。確かだいぶ昔にもあったろ? 青雲幇の息のかかった大企業にロシアンマフィアが襲撃かけて壊滅に追い込んだ事件」
「上海義肢公司のやつかい? だいぶ昔の話じゃなかったっけ。俺っちまだガキだったなぁそん時」
 鼻の上の真一文字の傷跡のあたりをポリポリとかきながら天化が言った。その足元で鑑識ロボットが静かなモーター音を立てながら移動していく。
「そっちの件も調査を進めてるけど、なかなか足が掴めないさ。なにせ地下に潜ってる奴らが多いから所在を掴むだけでも一苦労って奴さ」
「それじゃあ、日系のヤクザとかの線はねぇのか」
「対抗してシノギを削ってた紅塵会が怪しいとにらんで探りを入れてみたけど、今んとこ確定的な証拠は挙がってないべ。奴らの中にも高出力の違法改造のサイボーグが所属してるっつー情報はあるけど、目撃者の情報によると型が違うさ。こいつをやったのはもっと小型のやつさ」
 天化が壁を示して言った。壁には何かで突き刺したような穴が穿たれており、その下には黒ずんだ血のしみとうずくまったような形の人型の白墨が描かれている。
「目撃者?」
「コーチさ」
「コーチっておい、道徳のやつか」
 道徳はかつて警察官の体術や射撃の訓練を行う教官に配属されていたことがあり、警察学校時代の天化の指導教官でもあった。現在では通常の警察官としての勤務に戻っているが、その頃に世話になった事のある天化は今でも彼のことをコーチと呼んでいるのだった。
「そ。さっきそのコーチから連絡があったんだけど、事件のあった当初、別件で奴らを張ってたらしい。そしたら突然、何者かに襲撃されて三下共は為す術もなく次々と殺されたんだとさ」
「マジか。あいつよく無事だったな」
「それが逃げる途中でそのサイボーグ野郎に捕まってそいつを飼ってた奴に監禁されてたらしいけど、数時間で無事に解放されたって話さ」
「よくそれで無事に解放されたなあいつ」
「ああ。でもなんか性的暴行は受けたらしいさ」
「……そいつ男? それとも女?」
「男だったってさ」
「そうか……いや、どっちにしろ、あいつも災難だったな」
「あ、でもなんか途中で形勢逆転してコーチが攻める方に回ったって聞いたさ」
「どういう状況でそうなったんだ?」
「さぁ。そこまでは聞いてねーべ」
 さっぱり状況が掴めないといった南宮适の問いに、天化はやはり分からないといった顔で頭を振りながら答えた。适は話題を変えるように質問する。
「で、あいつ今どうしてるんだ」
「念のため今、電脳に何か枝を付けられたりしていないか検査中だって。あと例のサイボーグ野郎に関しても型式の洗い出しの最中で……」
「サイボーグじゃねえ、アンドロイドさ」
 急に割り込んだ第三者の声に南宮适と天化は同時に振り向いた。見ると、彼らの背後に二人の男が立っていた。一人は軍人然とした雰囲気を漂わせる男で、もう一人はバイザー状の埋め込み式義眼の男だった。
「あんたら何者さ」
「公安12課の者だ」
 天化の質問に、軍人然とした男が身分証を示しながら答えた。それを見た适の眉間に僅かに皺が寄せられる。
「12課だと? 何でまた12課の連中が出張って来やがる」
「殺しに使った道具はMR-26、所謂『カニバサミ』ってやつに似ているが、それにしちゃ小さいな」
 バイザー状の埋め込み義眼の男が南宮适を無視し、壁際の穴と血痕の前にしゃがみ込みながら呟いた。
「さっき死体も改めさせてもらったが、カニバサミにしちゃだいぶ刃渡りも小さいし厚みも薄い。こりゃオリジナルだな。少なくとも現在出回ってるモデルに一致するやつは存在しない」
 男のバイザーの表面に何かの文字が表示されるのが見て取れる。南宮适が怒りと不快感を露わに男に詰め寄った。
「おい、何勝手なことを……」
「ここ一連の玉柱幇の構成員殺し事件についてだが、犯行に使われたのがただの違法改造の高出力義体ではなく、闇市場にも軍用に出回ってないやつである可能性が高い。目撃者に施された電脳記憶の書き換えといい、いずれにせよ、所轄の警察の手に負える相手じゃねぇな」
「何だと?」
「それともただのマフィア同士の抗争だと思ってましたってか? カーッ、これだからお気楽な所轄の奴らは困る」
「よせ、赤精子」
 思わず険悪な雰囲気になりかかった二人の間に軍人然とした方が割って入った。怒りで拳をわなわなと震わせる南宮适に謝罪する。
「私の同僚が失礼なことを言った。彼に変わって謝罪させてもらう」
「そうは言ってもよお、広成子。実際そうじゃねーか」
「いいから貴様はこれ以上波風を立てるな。黙って捜査していろ」
「へいへい」
 赤精子と呼ばれたサイボーグが検分に戻ってから、広成子と呼ばれた方の軍人然としたサイボーグが南宮适に向き直った。
「そういうわけで、ここから先の捜査権限は、小官ら12課に引き継がれる。貴官らは引き上げていただきたい」
「ちっ、わーったよ。くそっ、人の管轄に土足で入り込んでヤマ持っていきやがって」
 広成子に対して文句を言いながらも、南宮适は他の警官に撤収命令を出した。制服を着た警官が鑑識ロボットを回収し、警察車両に積み込んで行く。天化が撤収作業を手伝いながら适に質問する。
「なあ、12課って何さ」
「高出力高性能のサイボーグだけで構成された総理直属の情報機関だよ。表向きは国際救助隊らしいがな、実際のところは電脳犯罪者や各種マフィア、テロリストなんかとドンパチやってる連中だそうだ」
「ふーん」
「ま、いくら警察官つーても普通の人間である俺らにゃ関わらないのが一番だけどな。あんな化け物集団に関わってちゃ、命がいくつあっても足りゃしねえ」
 ぐだぐだと会話を続けながら撤収作業を続ける南宮适と黄天化の背中を一瞥した広成子が、赤精子への電脳通信でぽつりと呟いた。
『厳密には完全生身のやつも一人居るんだがな』
『んなことどーでもいいだろ。ふーむ、こっちの9mmの弾痕はチンピラ共のやつだな。ま、こんなんじゃ例のアンドロイド相手には役に立たなかったみたいだがな』
 赤精子が壁の弾痕を検分しながら同じく電通で返す。そしてふと思い出したように広成子に聞いてきた。
『で、そのアンドロイドについては何か分かったのか?』
『ああ。先ほど普賢から調査結果が送られてきた』
 赤精子の質問に対し、広成子が電脳ネットを通じて送られてきた報告書を己の視覚野のウインドウに表示させながら答えた。
『目撃者の証言を元に照合したところ、犯人はLOTUSモデルのアンドロイドである可能性が高いようだ』
『LOTUSモデル? それって一般向けの民生品じゃねぇか。しかも少年型の』
 己の電脳にも転送された報告書をブラウズしながら赤精子が答える。電脳視覚野に表示される報告書には金光義肢公司のWebページにあったLOTUS型アンドロイドの製品カタログが添付されていた。
『そうだ。いわゆる愛玩用アンドロイドとして使用されることの多い機種ということだ。そんなものを基体ベースに軍用レベルの重武装をさせて襲わせているのは、相手を油断させるための偽装か、それとも他の理由があるのか……』
『ま、いずれにせよ、ろくな趣味の奴じゃねぇことは確かだな』
『全くだ』
 赤精子は報告書のブラウズを終了すると、ふと思い出したように言った。
『そういえばその目撃者、上海市公安局の特捜に所属してる刑事だったっけな』
『ああ、確かそうだが……それが何だ?』
『いやね、元始のタヌキジジイからそいつの経歴も調査して提出するように言われてるんだけどよ、こいつも何か関わりがあんのかね?』
『さあ……課長にも何か考えがあってのことだろうが』
『ま、よく分かんねえがそれも含めて報告書送信しとくか』
 そして二人は電通を終えると、再び現場を検証する作業に戻った。所轄の警察の人員は撤収を終え、一人一人と立ち去っていくところだった。

「はぁ……」
 夜9時頃、己の所属する上海市公安局から退庁した道徳は大きくため息を吐いた。事情聴取やら検査やら報告書の作成やらでまるまる一日を取られ、今しがたようやく一区切りついたところだった。そういえば昼食を食べる暇もなかった。それを思い出した途端、腹が盛大な音を立てて空腹を主張し始めた。
「どこかに飯でも食いにいくか……」
 2時頃、こういう時に備えて机の引き出しに備蓄しておいたカロリーメイトは齧っていたが、それだけでは到底満たせる胃袋ではない。近くに屋台かファミレスか何かなかったか道徳は探し始めた。
 しばらく歩いて行くと24時間営業のファミレスのチェーン店が見えてきたので入って定食メニューを注文する。店員が立ち去った後、隅の方の席で周囲に人がいないのを確認すると、道徳はポケットから携帯端末を出して画面を確認した。そこには昨夜の情事の記録である写真が残されていた。
 あのあと、例の写真をメモリーカードごと提出したが、どういうわけだか顔の映っている上半分のデータだけが壊れていたとのことだった。鑑識課が復元させようと散々手を尽くしたが、最初からそうであったかのように画像は壊れたままだった。
 更に不思議なことに、道徳が自分のスマートフォンや鑑識課のPCのモニタに表示させたその画像を見たときには顔も映って見えるのに、他の者が見た時には壊れたままだったという。どうやら電脳錠をかけられた際、己の電脳にハッキングされて細工をされていたらしい。その上、記憶を頼りに似顔絵を描こうにも紙の上にその姿を描こうとしてもどういうわけだか描くことができないという現象にも見舞われていた。記憶の中でははっきりとその顔を思い出すことが出来るのに、である。
 電脳鑑識に頼んで己の電脳にアクセスしてもらい、外部からサルベージをかけてもらおうとしたが、外部からのアクセスではその記憶だけが壊れたようになっていてサルベージ不可能とのことだった。ひとまず似顔絵だけは作成してもらったものの精度としては実物とは微妙に違ったものとなり、結果として、太乙と名乗った犯罪者の顔情報は道徳の記憶の中にだけ残されることとなったのだった。
 また、ラブホテルに照合し、監視カメラの映像を確認したがそこに太乙や自分の姿は映っていなかったという。どうやらハッキングして映像を書き換えられていたらしい。
(いずれにせよ、一筋縄で行く相手ではなさそうだ……)
 スマートフォンの画面に表示された、自分にしかその全貌を見ることのできないあられもない画像を見ながら道徳は心のうちでそう独りごちた。わざわざ自分の顔写真を含む画像を残していくとは迂闊なやつだと思っていたが、どうやらその認識は改めた方がいいらしい。いずれにせよ、この手のハッカーは自分には専門外で太刀打ちできる手合いでもないし、担当部署もどちらかといえば電脳犯罪を専門とする部門のようでこの件も捜査権限は公安12課に渡ったと南宮适から愚痴混じりの報告を受けている。自分も捜査から外された以上、必要な事情聴取が終わった後には己の意思とは無関係に再度関わることは出来ないだろう。道徳はそう考えていた。
「お待たせいたしました」
 定食を運んできた店員の声に反応し、道徳は慌てて携帯端末をポケットにしまい込んだ。壁を背にしているため見られてはいないだろうが、流石にハメ撮り写真など人に見られていいものではない。道徳は昨夜のことはひとまず頭の中から排除して、目の前の食事を摂ることに集中することにした。

「私を公安12課に、ですか……」
 翌日、道徳は登庁するや否や公安部からの呼び出しを受けて、仮想空間内に展開された電脳会議室を訪れていた。仮想空間内には古代中国建築の室内を思わせる風景が広がっていた。部屋に外壁はなく、空間の外側にある青い空と間近に雲が浮かんでいるのが見えた。
「そうじゃ」
 仮想空間の真ん中に配された机を挟んだ向こう側に座る仙人然とした老人が言った。彼こそが公安12課の課長を務める元始天尊である。
「白鶴よ、資料を彼に」
 元始天尊の下知を受け、鶴の姿をした支援AIが仮想空間上に現れると道徳に書類の形に見えるデータを手渡した。それを受け取って内容をダウンロードした瞬間、道徳の電脳内にその内容が瞬時に流れ込んでくる。
「表向きには異動命令を出す形となるが、実質的にはスカウトという形を取らせてもらうこととなる。何しろ業務内容が業務内容だけに命の保証が出来んでの」
 資料の内容を確認していた道徳だったが、やがて顔を上げて言った。
「分かりました。このスカウト、受けさせてもらいます」
「ほう。即決即断か。潔いの」
「奴の顔を知っているのは今のところ私だけですから。何よりオレ自身が奴をこの手で捕まえたい」
 答えながら路地裏での光景を思い出す。あれだけの殺傷能力を持つ殺人兵器を作り上げ、残忍な方法で殺傷する人間を野放しにしておくわけにはいかない。彼が殺して回っているのは玉柱幇の人間のようだが、その標的が一般人にも向かないとは限らない。職務権限上、自分の担当から外れた案件であれば何も出来ることはないと潔く諦める心づもりではあったが、こうして捜査権限のある公安部に異動できるというのであれば話は別だ。何としてでも確保しなければならない、そう考えていた。
「うむ。では本日付けで異動の手続きを行おう。白鶴よ、諸々の事務手続きを頼む。以上じゃ」
「はい!」
「了解しました、元始天尊様!」
 道徳は一礼すると、仮想空間内からログアウトして姿を消した。続いて白鶴も姿を消す。元始天尊も仮想空間へのダイブを解除すると、部屋はごく一般的な執務室に戻った。その直後、ドアをノックする音が響いた。
「失礼します、燃燈です」
「うむ、入るがよい」
 執務室内に一人のサイボーグが入室してきた。太陽を思わせる橙色の髪をしている。公安12課の隊員をまとめ上げる実質的なリーダー、燃燈である。
「あれが、例の新人ですか」
「うむ。彼のことは12課の人事ファイルA-11に詳しい情報を追記してあるから目を通しておくとよい」
「なるほど、上海市公安局の特別捜査課からの引き抜きですか」
 自らの電脳内に情報をダウンロードし、瞬時に情報をブラウズしながら燃燈が呟いた。
特殊警察隊SWATへ配属された後、警察学校での教官を経て現在まで捜査課に所属。特殊警察隊時代より体術と射撃の腕は特A級との評価で現在も変わらず。肉体の方は電脳化以外はほぼ生身で義体化はなし。ふむ……」
 一通りの情報を確認した後、燃燈は顔を上げて元始天尊に聞いた。
「彼を採用したのは、例の殺人アンドロイドを使うハッカーへの切り札としてですか?」
「勿論そのためでもある。が、それ以上に12課の構成人員の多様化を促すことも目的としておる」
「義体化による身体能力の向上とは対極に、内功による武術と気功を極限まで極めた玉鼎のように、ですか。確かに彼は警察官としてはかなりの身体能力の持ち主のようですが……」
「身体能力だけが決め手ではない。瞬時の判断能力の高さや生命の危機に際した時にも生き残るため最後までその闘志を失わない強かさ、彼にはその辺りにも高いポテンシャルがあると見ておるのだ。それに……」
 元始天尊はそこで一旦言葉を切ると、手元のファイルに目を落とした。
「あやつを採用することで更にもう一人希少な人材を得ることが出来るやもしれんしの」
 元始天尊の机の上には、SDカードに保存された画像データの復元が出来なかったということと道徳の電脳記憶野にある顔データをサルベージできなかった旨が記載された電脳鑑識からの報告書と、普賢からのアンドロイドの機種に関する報告書が広げられていた。

《続》




中国の警察の階級とか部署などは架空のものです。というか全体的にデタラメです。わかりやすさを重視するため、日本の警察と意図的に混ぜました。おかしいところ多いかもしれませんが、突っ込みどころには目をつぶっててくださると幸いです。

玉鼎は名前だけしか出ていませんが、鬼哭街の孔濤羅コンタオローのように内功と剣の遣い手で一切の義体化をしていないという設定です。また他の隊員についてのなんとなくの設定ですが、こちらにもまとめてあります(構想途中で随時変更が加わったりするかもしれませんが)
公安12課『崑崙機動隊』 設定まとめ

電脳空間は攻殻機動隊ARISE : border2みたいな感じで背景を好きな風景に設定出来るという想定でやってます。場所は玉虚宮の謁見室をイメージした場所で、白鶴には支援AIとして出てもらいました。

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