#5 襲撃 - THE CYBER SLAYER -

攻殻機動隊と鬼哭街の混ざった世界に封神キャラがパラレル設定で出てくる話です。今回はチャイニーズマフィアな雲中子とその部下の雷震子が出てきます。また今回、暴力的な表現や残酷な描写が含まれております。

 ある午後のことである。金光義肢公司の社長室で仕事をしていた太乙の元に受付からの内線電話が入った。
「はい、こちら社長室」
「受付です。社長に来客が……」
 そう言って来訪者の名を告げる受付に対し、太乙は返答した。
「ああ、彼か。通しておくれ」
「了解しました」
 しばらく後、社長室の扉が開き、先程の来訪者が入室してきた。Tシャツにジーンズという出で立ちの少年のような若い男で、手にはコーヒーショップの小さな紙袋を持っている。
「邪魔するぞ」
「やあ久しぶりだね、太公望。三百年ぶりだっけ?」
「そんなわけなかろう。まあ、これでもどうだ」
 そう言って太公望は手にした紙袋の中身を机の上に出した。STARBUCKSと書かれた紙袋から出てきたのは、桃の果肉が浮かんだ桃色の飲料の上にこれでもかとばかりにクリームが載せられた飲料だった。
「お、桃フラペチーノじゃないか」
「あ、こっちはサイボーグ用。生身の人間用はこっちだ」
 太乙が手に取った透明なプラスチックの容器をよく見ると、片方だけ側面のチェックリストのうち「cyborg」のところにマジックでチェックマークが記入されていた。太乙が悪戯を思いついた子どものような表情で太公望に質問する。
「ちょっとだけ味見させてもらってもいいかな?」
「構わぬが美味くないとは思うぞ」
「……本当だ、不味い」
 ほんの少しだけ口にした太乙が顔を歪めて言った。
「だから言ったろうに」
「まあそうなんだけどね。何事も好奇心だよ」
「正直、お主が未だ生身の身体を捨てずにいるのが意外だ」
 太公望が返してもらった桃フラペチーノを啜りながら呟いた。太乙も人間用のフラペチーノを改めて口にしながら答える。
「今のところは生身の肉体でも特に問題ないからね。当面はこれでいいかなって」
「おや、今をときめく義体メーカーの金光義肢公司の社長らしからぬ発言だのう」
「必要もないのに、闇雲に生身の身体を捨てるのは私の主義じゃないからね。それに生身だからこそ味わえる醍醐味というのもある」
 そう言って、太乙はふと思い出したかのように聞いた。
「それより、例のものは持ってきてくれたのかい?」
「お、そうだった」
 太公望はごそごそと懐を探ると、一片のメモリスティックを太乙に手渡した。
「ほれ、お主に頼まれてた例のプログラム。モノがモノだから手渡しで持ってきた」
「ありがとう、助かったよ」
 そう言ってメモリスティックを大事そうにしまい込んだ。その様子を見る太公望が相手の意思を確認するように問う。
「本当に、やるのか」
「ああ。もう後には退けないからね」
 太公望の問いに、太乙はきっぱりと答えた。そしてどこか言い訳するように続ける。
「終南幇のチンピラ共を殺して回っているのは、自衛のためだよ。奴らうちの会社に対して良からぬちょっかいをかけてこようとしているんだ」
「そうか」
「それにほら、ここに証拠もある」
 そう言って太乙は手許のキーボード付きタブレットに表示した画面を太公望に見せた。そこに表示されていたのはメールのようだった。宛名も差出人も太乙や金光義肢公司ではなく、別の企業と個人とのやりとりのようだ。どうやら他者のメールを傍受して覗き見しているらしい。
「終南幇の息のかかった監査法人、そこがうちの会社の会計に粉飾決算があることを『発見』して告発しようってつもりのようだ。先日、この監査法人と終南幇とのやりとりを傍受して知ったことだ。その為の偽装工作の手順まで事細かに指示されてる」
 正直、袂を分かった雲中子とはこれ以上接触せずにいられるのであれば、太乙としてもその方が良かった。だが彼の情報網によると、終南幇は金光義肢公司そのものの乗っ取りに向けて密かに動き出している様子であった。これ以上は座して手をこまねいていられる状況ではない。
「成る程。奴も今回ばかりは本気ということか」
「どこで道を違えてしまったんだろうね……」
 独り言のような太乙の呟きに、太公望は何も答えなかった。一瞬の間、沈黙が場を支配する、と、そこに内線電話が入った。太乙が素早く受話器を取り、打って変わって明るい声で応答する。
「はいもしもし、ああ、うん。もう終了したのか。分かった、今行く」
 短く答えて太乙は電話を切り、太公望に顔を向けた。
「最近、新しい義体成形槽を導入してね。今試作中の義体が丁度完成したところなんだ。丁度いいから見学していくかい?」
「構わんが、そんな最高機密をわしに見せてもいいんか」
「信頼してるんだよ。君なら詰まらないことに悪用はしないだろうってね。じゃ、行こうか」
 太乙は残った桃フラペチーノを飲み干すと席を立ち、太公望と共に社内の義体製造部門に向かった。
「やあ、今どうなってる?」
 太乙と太公望が作業室に足を踏み入れると、義体成形用の雌型の前にあるコンピュータのモニタをチェックしていた碧雲が振り返って答えた。
「あ、社長。今、雌型から取り出すところです」
 碧雲の隣では赤雲がコンソールを操作している。彼女が何事かを入力すると、部屋の半分以上を占める装置の中から義体成形槽がせり出してきた。蛹のような形をしたそれは人が一人入るほどの大きさをしている。義体成形槽はバシュウゥゥ、と空気の抜けるような音を立てて開き、中に収まっている男性用の義体が姿を現した。パリパリと音を立てながら顔の部分の形成用ユニットが外されると、髪や眉などの植毛が完成した状態の男性の義顔が蛍光灯の光の下に晒された。
「ほー、最近はもうこの段階で植毛まで終わっておるのだな」
 太公望が興味深げに覗き込むと、隣に立つ太乙は自慢げに説明を始めた。
「そ、加えて最近の雌型はフレキシブルな素材で出来ているから、予め設定しておいた体型データをより正確に再現できるようになってるんだよね。義体ユーザーが自分好みにカスタマイズしたり細かな調整が可能になってるんだ」
「なるほどのう」
「太公望の義体もうちの製品使ってたよね。今度義体を新調するとき、これでカスタマイズ仕様にしてみたらどうだい」
「わしは汎用品で構わんよ。見た目にはさほどこだわりは持っておらぬし、これで十分だ」
「そういえば太公望は顔もほぼ凡用品のままだったね」
「しかしそのテスト用の試作品に自分の姿をした義体を作るとは、お主結構ナルシストだの……あっても使わんだろうに」
 太公望の言うとおり、義体成形槽の雌型の中に横たわる魂なき人形のその顔は、太乙の顔を模したものだった。
「あはは、まあ、そうなんだけどね。将来、事故とか病気とかで全身義体化を余儀なくされた時に、一番いい状態のときの外見を模した義体を作っておいてもいいかなって思ってね。新しい義体形成槽のテストも兼ねてさ」
 そう会話をしつつ、太乙は完成したばかりの義体をチェックしはじめる。
「うんうん。上出来だ。これなら私が居なくとも金光義肢公司は安泰だな」
 義体をチェックしながら、満足げな表情で太乙は微笑んだ。その言葉に碧雲と赤雲が反論する。
「何言ってるんですか、社長がいてこその我が社でしょう」
「そーよそーよ」
「あはは」
 太乙はまんざらでもなさそうに笑うと、誰に言うでもない風に呟いた。
「まあでも、社長がいなくてもきちんと回るのが良き会社というものだからね」
 
 
 それから幾日か経った、ある夜の事である。
 とある高級料理店の店の前に黒塗りのSV(スラストヴィークル:空を飛ぶタイプの車両)が音もなく停車した。店のボーイが後部座席の扉を開けると、車内から一人の男と一人の少年が出てきた。少年に続いて降りてきた男をボーイは恭しく迎える。
「お待ちしておりました、雲中子様」
「やあ。彼もう来てる?」
 雲中子と呼ばれた男が気安い調子でボーイに話しかけた。この男こそが上海の裏社会を牛耳るチャイニーズマフィア、終南幇の香主の一人、雲中子である。ボーイは直立不動の態度を崩さずに対応する。
「はい。奥の部屋でお待ちでいらっしゃいます」
「そう。じゃ、案内して」
「お供の方はお一人だけですか?」
 ボーイが怪訝そうに質問する。車に乗っていたのは運転手だけで、降りてきたのは雲中子と護衛と思われる少年一人だけである。
「うん。彼一人いれば十分だからね」
「あ? 俺がガキだからってバカにすんのか?」
「いえ、そのようなことは……」
 まだ年端も行かぬその少年に睨まれて、ボーイはたじたじとなり口ごもる。
「いちいち突っかからないの。ほら、行くよ、雷震子」
 平然とした態度を崩さずに店内に足を踏み入れる雲中子を慌てた様子のボーイが先導し始める。雷震子と呼ばれた少年もしぶしぶと言った様子で雲中子に従った。
 雲中子が店の奥の個室に足を踏み入れたとき、室内で待っていたのは取引相手ではなかった。部屋の中央に位置する卓には黒髪の青年が一人だけ着席しており、その傍らには赤毛の少年が控えていた。青年の姿を目にした雲中子の釣り気味の両目が僅かに細められる。
「やあ、雲中子。久しぶりだね」
 着席したままの青年――太乙は雲中子に親しげに声をかけた。と、次の瞬間、雲中子の背後に控えていたボーイが急に意識を失い糸が切れたように床に崩れ落ちた。個室の外からも次々と呻き声と人が床に倒れる音が聞こえてくる。
「この店内にいる人間全員の電脳に干渉して麻痺させるウイルスを流し込んだ。当分誰も目を覚まさないよ」
 卓に座ったままの太乙が涼しい顔で言った。それまで背後に控えていた雷震子が雲中子の前に音もなく進み出て身構える。
「あと君の取引相手も同様の手口で眠っているよ。君の車で待機している運転士もね」
「君もしつこいねぇ。あのまま大人しくしていれば、もう少し長生き出来ただろうに」
 雲中子もまた平静な態度を崩さずに呆れたような調子で答えた。それに対して太乙は頬杖を突いたまま応える。
「君が私の商売を横取りしようとするからいけないんだよ。こっちに手を出してこなければ、私だって君の部下を何人も惨殺しないで済んだんだ」
「それを言うなら君が私の元から離れなければ良かったんだよ。そうでなきゃ、フィリピンあたりに飛んだまま行方をくらましてりゃ良かったのに」
「私のやることに対していちいち口を挟んでこなければそんなことはしなかったよ。今だって君のことは愛してるし、ね」
「へえ。じゃあ何故うちの幇の者を何人も死に至らしめるような真似をする?」
「君に対する愛情と、君の組織に対する感情は別物だからだよ。さて、おしゃべりはここまでだ。君とはいくら話したって平行線になりそうだからね。哪吒!」
 太乙が命じると同時に、傍らに控えていた哪吒がテーブルを飛び越えて雲中子に躍りかかった。同時に彼の右腕が瞬時に縦に展開し、巨大なハサミ状の武器が本来の腕に取って代わる。MR-26、通称『カニバサミ』をベースに改造を加えた高出力ブレード『金蛟剪』である。
「危ねえっ!」
 それまで雲中子の傍らに控えていた雷震子が躍り出ると、目にも止まらぬ速さで袖の中から何かを取り出した。それは一尺ほどの長さの金棒が二本、鎖でつながれたもので、雷震子はそれを束にしたまま構えて哪吒の刃を受け止める。
 ギィィィィン!
 雷震子の金棒が哪吒の刃とぶつかり合い、火花を散らした。そのまま数秒の間切り結んだ後、哪吒の目が僅かに見開かれる。と、次の瞬間、身を翻しながら後ろに飛ぶのと雷震子の回し蹴りが空を切るのはほぼ同時だった。
「哪吒……!?」
「あいつ……生身だ」
「何だって!?」
 太乙が驚いたように哪吒の方を見て、次いで雷震子に視線を送る。
「今スキャンしたが、あいつの身体からは一切の機械部品が検出されない」
 哪吒の義眼の視覚に映し出されていたスキャン結果には目の前の対象が義体化はおろか、電脳化すらされていない一切の生身であることが示されていた。
「どういうことだい? 雲中子。うちの哪吒に対して生身の人間を差し向けるとは、私も随分と舐められたもんだねぇ」
 眉をひそめて問い詰める太乙に対し、雲中子は若干呆れたような口調で答えた。
「人体に対して闇雲に機械の部品をくっつけたり、やたらと火器を満載するばかりが強化ではないよ。体内で練った気の力を身体に反映させ、最大限に強化する。それが私の専門とする内家拳法だ。人体の経絡を使う関係上、義体化や電脳化といった物理的な身体強化はできないが、それを補ってなお有り余る身体能力すら手にすることが可能なのが内家の強みだ。何より電脳化をしていない時点で君のお得意のウイルスもハッキングも効かないしね。よって我ら内家の使い手の前では、君の機械人形などただのカラクリ仕掛けの玩具に等しい」
「……言ってくれたな雲中子。私の哪吒を玩具とは」
 哪吒を玩具呼ばわりされ、太乙はぎりと歯を噛み締めた後唸るように言った。雲中子は相変わらず呆れたような冷ややかな口調で答える。
「君こそ私を舐めているとしか思えないんだが。闇雲に火力だけで押せばどうにかなると思っているんなら大間違いだよ。私の所で何も学ばなかったの?」
「そういうことは私の哪吒を斃してから言うんだな。御託を並べるだけなら誰にだって出来る」
「ほお。じゃあやってもらおうか」
「言われなくとも……哪吒!」
 太乙の命を受け、哪吒が再度雷震子に飛びかかった。右手に換装された大型サイズのその刃を大上段に構え、雷震子の頭上めがけて振り下ろす。だが雷震子は手にした金棍でその渾身の一撃をあっさりと弾いた。
 火花と大音響とともに軌道を逸らされた金蛟剪が床を削る。哪吒は素早く反対側の手を床について逆立ちになり、両脚を大回転させて雷震子の脇腹に蹴りを叩き込もうとした。が、素早く飛び退いた雷震子は既にその蹴りの届く範囲外にいる。
 素早く身を起こした哪吒は床にしゃがみこんだまま左腕を前に突き出した。肘から先が分解されるように展開し、黒塗りの銃身のようなものが姿を現す。その銃口から轟音と火花と共に9mm弾が射出される。が、その銃弾は一切当たることはなかった。
「無駄だよ。君の機械人形では内家の功夫には叶わない」
 入り口の外の壁に身を隠した雲中子が、目の前で繰り広げられる激戦を前に平然とした口調で言い放つ。テーブルの後ろに隠れた太乙はそれに答えることなく、目の前の闘いに見入ることしか出来なかった。左腕の銃弾を撃ち尽くした哪吒はおよそ人間の目には視認できない速力で右腕の刃を雷震子に打ち込み、斬りつけようとするが、それらは全て雷震子の持つ金棍に絡め取られるように受け流され、あらぬ方向にその軌道を逸らされていく。
「雷震子、そろそろ終わりにしようか。木偶人形の代わり映えのない舞踏を見続けるのは飽き飽きする」
「言われるまでもねえ!」
 雷震子は哪吒の斬撃を次々と捌きながらゆっくりと、だが確実に哪吒との間合いを詰めていく。そして哪吒が何十回目かの斬撃を振り抜いた瞬間、一歩前に踏み出て哪吒の懐に飛び込み、空いていた左手でその顔を鷲掴みに捕まえた。
「……!」
「発雷!」
 その瞬間に何が起こったのか、太乙には即座には理解できなかった。バシッという音と共に哪吒の全身が硬直し、次いで糸の切れた人形のように手足をだらりと弛緩させる。雷震子が手を離すと、哪吒の身体はそのまま床に頽れた。それから遅れること数秒、太乙の元に金属が焦げる臭いが漂ってきた。
「哪吒……!」
「対サイバー気功術『電磁発勁』。体内で練った気を電磁パルスに変換し、掌で触れると同時に触れた対象に流し込む、内家拳法の秘奥義中の秘奥義だ」
 呆然と立ち尽くす太乙に、雲中子は涼しい顔で解説した。
「電脳デバイスの端子がこれを受けた場合、当然ながら電磁誘導を引き起こし、瞬時に焼き切られる。君のような電脳化を施した人間とて例外じゃあない」
 雲中子の言葉を聞いているのかいないのか、太乙はただその目を大きく見開いたまま喰い入るように先ほどまで哪吒だった物体の残骸を見つめている。店の外から数人の人間が踏み込んでくる足音が聞こえてきた。
「でも、君はそんなに簡単な方法では死なせてあげないよ。君に相応しい死に場所と死に方を用意してやったから、最後の瞬間まで私に刃を向けたことを後悔するといい」


 埠頭に向かう道を、一台のバンが走っていた。白塗りの車体のその側面には『玉柱工機』の文字が描かれている。
「あっ……あっ……あっ……あっ……」
 終南幇の偽装バンのその車の中では、太乙が雲中子の部下達に輪姦されていた。両手を粘着テープで後ろ手に縛られたまま、うつ伏せにされ高く上げた尻に男根をねじ込まれている。
「今のうちにしっかり味わっておくことだ。これが最後になるのだから」
 助手席で前を向いたまま、雲中子は表情を変えずに言った。運転席の雷震子は背後が気になる様子ではあるが、無言のまま運転を続けている。
「くそっ……最後のセックスがこれかいっ。最低だ」
 犯されながら悪態をつく太乙に対し、雲中子は突き放すように言った。
「君、そういうの好きだろ?」
「……っく、力ずくで嬲り者にされるのは嫌いだ……っ」
「そうかい。まあ、せいぜい楽しんでおくといい。今生最期だからね」
 車の後部で太乙を犯すのに一生懸命に腰を振っていた部下がうっと呻いて太乙の胎内に精を吐き出した後、肉棒を引き抜いた。
「ふーっ、こんな上玉勿体ねぇな」
「そうっすね。雲中子さま、こいつこのまま飼ってもいいんじゃないすか? 電脳錠かけて手足麻痺させときゃ逃げられないですし」
 もう一人の部下が同調しつつ、雲中子に提案した。次は自分の番だとばかりにカチャカチャとベルトを外してその逸物を太乙の目の前に突きつける。雲中子は前を向いたまま首を振ってその提案を否定した。
「駄目だよ。生かしておいたら何をするか分からないし」
「じゃあ、電脳弄って洗脳したらどうすか? ダチに腕のいいモグリの電脳技師がいるから、そいつに頼んで電脳初期化してナニのこと以外は考えられないようにゴーストハックしてもらったらいい肉便器に……」
「そんなことされるぐらいなら殺されたほうがマシ……むぐっ」
 抗議しようとしたところで口に肉棒を突っ込まれ、太乙は呻いた。喉の奥まで出し入れされてえずく太乙を尻目に、雲中子は相変わらず乾いた口調で言った。
「それも却下。本人もそう望んでいることだし、ここは殺してあげるのが筋というものだよ」
「へーい。分かりましたよ。じゃあせいぜい今のうちに楽しませていただきます。おらっ、ちゃんと締めろ」
 更に別の部下が太乙の尻に男根をねじ込み、その薄い尻をぴしゃりと叩きながら言った。口の中をも男根で蹂躙されている太乙は抗議することも叶わず、ただただ呻き声を上げながらひたすら陵辱を受け入れる他に手段を持たなかった。


 ほぼ同刻の上海市内、金光義肢公司の最上階にある太乙の居住スペースにて。
「……!」
 奥の部屋にあるトランク型のアンドロイド専用メンテナンスポッドがばん!と音を立てて開き、バネ仕掛けのように起き上がった者がいた。雷震子によって破壊されたはずの哪吒だった。先ほど破壊された哪吒は実はリモート義体で、本体はこの太乙のセーフハウスからリモート義体を遠隔操作していたのだ。
「くそっ、太乙、どこだ!?」
 リモート義体が破壊されたことで『本体』に戻って来た哪吒は己の電脳内に先日インストールされたばかりの探知システムを起動し、電脳ネットを通じて位置情報システムからGPSデータをダウンロードする。
「……見つけた」
 視覚野に表示された上海周辺の地図の上、雲中子の自宅近くで赤い点が表示されている。だがそれは少しずつ移動しており、海寄りの郊外に向かっているようだった。進行方向にあるのは海沿いの倉庫街のようだ。それを確認した哪吒は部屋を飛び出してエレベーターホールに走り、地下一階に直行した。地下のがらんとした駐車場の片隅には一台のバイクタイプのSVが停められており、その前輪と後輪にはそれぞれ『風』と『火』の文字を模したような意匠が施されている。哪吒はそのバイクに飛び乗ると、地下の駐車場から静かなモーター音と共に飛び出していった。


 洋山深水港にある倉庫群の一角にて、白塗りのバンが停車した。深夜ということもあり、海に面したその倉庫の周辺には人の気配はない。
「着いたぜ」
「そう。じゃあ、運び出して」
 雲中子が車を降りざまに後部座席に向かって指示を出すした。部下のうち一人がぐったりとして床に転がっていた太乙を肩の上に担ぎ上げ、荷物のように抱えて運び出した。残りの部下は車からガソリン携行缶と消火器のようなものを運び出している。部下の一人がチェーンカッターで鍵を壊して扉を開けると、一行はぞろぞろと中に入っていった。
「何もねぇな」
 先導する雷震子が手にした懐中電灯で周囲の足元を照らしながら呟いた。天井の高い倉庫は今は使われていないようで、反響する足音がそこが広くて何も置かれていないことを示している。
「元は日系企業の六菱重工がこの辺り一帯の倉庫ブロックを使い切ってたみたいだけど、それも昔まだこの国がハイテク製品の輸出産業で成長していた頃の話だ。今となってはただの廃墟も同然の空き倉庫というわけだ」
「成る程、ここが私の死に場所ってわけかい」
 後から付いてくる雲中子の部下に運ばれながら、太乙が掠れた声で吐き捨てた。先ほどまで裸だった下半身はおざなりに履かされたズボンに覆われているものの、唇の周りに乾いてこびりついた精液が陵辱の跡を示している。そんな太乙を振り返りもせず雲中子は倉庫の奥へ奥へと足を進めながら答えた。
「そうだよ。ここなら君の処刑と死体の処理も同時に出来るしね」
 雲中子の部下が太乙を床に転がすと、手足の拘束を改めて検分した。今は両手のみならず足の方もガムテープでしっかりと一纏めに拘束されており、自力では解けそうにない。確認した部下が退がると、別の部下が手にしたガソリン携行缶の中身を太乙の頭から順に足先まで静かに注いでいった。
「げほっ、がはっ……ぐっ!」
 かけられたガソリンに咽せ、太乙が激しく咳き込んだ。身を捩って逃れようとするも、部下に酷く腹を蹴られて抵抗を封じられる。
 やがてガソリン携行缶が空になると、部下は引き下がった。代わりにマッチ箱を手にした雲中子が進み出て太乙の少し手前で足を止めた。
「じゃあ、そろそろお別れだ、太乙。何か言い残すことは?」
「ああ、一つ補足させて貰うと、この世とお別れするのは私じゃなく、君らの方だってことだよ」
「この期に及んでまだそんな虚勢を張れるとは大したものだ」
「虚勢じゃないさ。君らには聞こえないのかい。あのエンジン音が」
「何……?」
 一同が思わず耳をそばだてると、遠くの空から微かなモーターの音が響いてきた。それはおよそバイクとは思えない静かなエンジン音ではあったが、誰も何も言うことのない無音の中では確かにこの建物に近づいてくるのがその場にいた誰にもはっきりと認識することが出来た。そしてその音は建物の入り口付近に近づいてきていた。
 ガシャン!
 建物脇の窓を突き破り、小さな手榴弾のようなものが倉庫内に飛び込んできた。が、その物体は爆発することなく、彼らから少し離れたところに着地すると同時にブシュウ、と音を立てて白煙を吐き出し始めた。
「しまった……!」
 白煙は瞬時に倉庫にいた者達を包み込んだ。雲中子の側に残っていた部下もたまりかねたように咳き込みながら走り出し、白煙から逃れようとする。
「ゲホッ! ……おいバカども、無闇に動くんじゃねえ!」
 雲中子と共に姿勢を低くした雷震子が他の部下を叱咤するが、パニックに陥った者達にその声は届かない。間もなく白い煙の向こうからザクリ、という果物を刻むような音と断末魔の悲鳴がその場に連続して響き渡る。
「くそっ!」
 雷震子がギリ、と歯を食いしばり白い靄の向こうを睨みつける。やがてその視線の先に、硬い足音と共に人影が姿を現した。哪吒だ。金蛟剪形態に展開した肘から先にはべったりと血に染まっており、顔や身体の随所にも返り血が付着している。
「やあ、正直驚いたよ。まさか君がまだ隠し球を持っていたとはね」
 ガソリン塗れで床に転がる太乙を挟んで数メートル先に迫る哪吒に視線を向けたまま、雲中子が太乙に語りかけた。
「でもちょっと遅かったねえ」
 そして手にしたマッチを素早く擦ると、太乙めがけて放り投げた。火の付いたマッチが太乙の身体の上に落ちると同時に、その場に天井まで焦がすような火柱が上がった。
「……!」
 火柱を前にした哪吒の義眼が大きく開かれる。同時に白煙に包まれた倉庫の中に、太乙の長い引き裂くような悲鳴が響き渡った。
「じゃあね、太乙。君をあの世に送り届けるところまで見届けてやれなくて残念だ!」
 雷震子と共に扉に向かって駆け出しながら雲中子が叫んだ。その方向に哪吒は左腕のサブマシンガンを展開し、9mm弾を滅茶苦茶に乱射したが、それらは当たることなく二人は扉を蹴るように開け倉庫の外に飛び出して行ってしまった。
「くそっ……!」
 倉庫の外からは車のドアが閉まり発進する音が聞こえてきたが、背後では太乙が火の中で身を捩って転がりながら、まだ悲鳴を上げ続けている。彼を救出するのが先だ。瞬時にそう判断した哪吒は両腕の武装を再び体内に収納すると火柱に駆け寄り、己の腰の布を剥いで炎に包まれた太乙の身体にばさばさと被せるようにはたいて必死に消火を試みた。が、ガソリンの火はその程度では衰える様子はない。哪吒は何か使えるものはないかと周囲を見回した。
「…………!」
 周囲を見回した哪吒の赤外線センサーに、部下の死体の傍らに転がる消火器が投影された。万一こちら側の人間や建物に延焼したりした事態に備えて用意していたものであるらしい。哪吒は一も二もなくそれに飛びつくと、ノズルの先端を太乙に向けて安全栓を引き抜いてレバーを握る。薬剤の粉末が燃えさかる炎に振りかけられ、消えかけていた発煙筒の煙よりも更に濃い煙がその場を再び覆い尽くした。
 火が完全に消えたとき、倉庫の中で立っている者は哪吒以外に存在しなかった。哪吒は消火器を放り出すと、未だもうもうと煙を上げている火柱の中心だったところに駆け寄った。そこに転がっていたのは皮膚の表面が黒く炭化し、焼け残った丸太のような姿に変わり果てた太乙の姿であった。
「……」
 哪吒が素早くスキャンしたところ、辛うじて生体反応を確認することが出来た。が、その反応は微弱でこのままではショック死も時間の問題であることは明らかであった。哪吒は腰布で消し炭のようになった太乙の身体を包み込むと、素早く抱え上げてその場を後にした。


 太乙が目を覚ましたとき、そこは見覚えのある部屋の中だった。ベッドに寝かされた状態のようだ。胸の上で手指を触るといつもの自分の皮膚の感触とは違う人工皮膚の感触が伝わってきた。両手を目の前にかざすと視界の『ピント』が合わずぼんやりしていたが、電脳から調整ユーティリティの設定を弄るとすぐにはっきりとした視界に戻った。起き上がって辺りを見回すと、すぐ目の前にある開いた扉の向こうに見覚えのある散らかった診察室が見えた。ベッドの左側に視線を移すと、ベッドサイドに立っていてこちらを見下ろす哪吒と目があった。
「やあ、哪吒。あの時とは真逆の立ち位置だね」
 哪吒は何も答えず、表情も変わらなかったが、太乙を見下ろす目にはどこか安堵の色が浮かんでいたように思えた。と、開いた扉から一人の初老の男が入ってきた。
「やあ、ツェ先生」
 病室に入ってきたのはこの診療所の主、謝逸達ツェイーターだった。彼は入室すると、若干ぎこちない動きで病室の隅にある丸椅子に腰掛けた。そんな彼に太乙は親しげに話しかける。
「どうやら私の義体化は無事に成功したようだね」
「うむ。焼けただれた君の肉体が担ぎ込まれてすぐに脳みそを取り出して脳殻にパッキングする処理を施し、君が用意した義体に換装した。身体に違和感はないかね」
「ああ。問題無いよ」
 太乙が目の前で手指を開いたり閉じたりしながら答えた。その様子を見ながら謝が確認するように呟く。
「初めての義体化のようだが、その分ではリハビリは必要なさそうだな」
「仕事柄、テストで義体を自分の電脳に接続して操作したりリモート状態で操作したりすることは普段からやってるからね。義体の扱いはお手のものだよ」
 目の前で右手の手指を小指から順に掌に折り曲げ、再び伸ばしていく動作をしながら太乙が答えた。次いでベッドからぴょんと飛び降りると床の上でくるくると回って見せた。
「先日、うちにその義体を持ってきて預かってほしいと言われた時には何のつもりかと思ったが……まさかその一週間後に全身に重度の火傷を負ってその子に担ぎ込まれてくるとは思いも寄らなかったよ」
 ベッド脇で屈伸運動をする太乙を脇目に、その背後でじっと立ったままの哪吒を見ながら謝が言った。
「備えあれば憂いなしってね。雲中子のところに殴り込みをかけて無事で済むとは思っていなかったし、保険だよ、保険」
「そうは言っても、頭を撃たれたりして殺されていたら、私でもお手上げだったんだがね」
「まあ、その時はその時だよ。それより、この分だと、私のオリジナルの肉体はもう処分済みかい」
「ああ。脳を失った焼死体をいつまでもクリニックに置いておくわけにはいかないのでね。君の了承を得ずに悪いが、いつもの業者に頼んで処分してもらったよ」
「ああ、構わない。あれだけ焼け焦げていれば第三者の手に渡っても、生体認証なんかで悪用されるのは不可能だろうしね」
「ところで、ニュースを見た方がいい。君の会社が大変なことになっているようだが」
「ああ、そのようだ……って、あらら、私、一週間も寝込んでいたのか」
 電脳ネットにアクセスした太乙の視界野ウインドウに並んだのは、ニュースサイトの記事一覧だった。そこには金光義肢公司の会計に不正があることが発覚したこと、社長が一週間もの間行方不明となり失踪を疑われていること、取締役不在の間に終南幇の息のかかったバイオテック企業に金光義肢公司が吸収合併されることが決定したことが記されていた。
「あまり驚かないようだが、それも君にとっては想定のうちだったのかね」
「さて、ご想像にお任せするよ」
 実のところ、仕込まれた『粉飾決算』に太乙が気付いた時には既に時遅く、それを覆すことは不可能だった。太乙が自ら雲中子の元に特攻をかけたのもある意味では破れかぶれの自殺行為でもあったとも言える。そもそもそんなことをしても最早手遅れであったろうが……
「全く命が惜しいのか惜しくないのか、よく分からない男だ……」
「私の命の一つや二つぐらい、雲中子にくれてやっても良かったんだけどね。でもまだやりたいことがあるから、死ぬのはもう少し先延ばしにしようかなって」
「やりたいことと言っても、会社を失って行くあてもないのに大丈夫なのかね」
「会社を失っても無一文になったわけじゃないからね。極秘に準備したセーフハウスも残してあるし、今回の治療費を払えるぐらいの隠し財産もあるから心配には及ばないよ」
「ふむ。その様子なら君の行く末を案ずるには及ばないようだな。もっとも私には関係のない事だが」
 この一見にこやかでその実摑みどころのない青年が何をするつもりなのか謝には見当も付かなかったが、己には関係のないことと考え、それ以上は追求しなかった。
「さて、見たところ義体と電脳にも不具合はなさそうだ。もう退院しても構わんよ」
「そうかい。じゃ、そろそろお暇するよ。行こうか、哪吒」
 そう言って哪吒を伴い、太乙は謝の診療所を後にした。診療所のある薄汚れたビルの階段からは、浦東の金融貿易区を構成する様々な色の光に彩られた高層ビルの群と、その手前にある外灘地区にある化学物質の雨に薄汚れた廃墟の群を見渡すことが出来た。太乙は階段の踊り場で足を止めると、それら繁栄と衰退が渾然一体となった夜景を目に映しながら、独り言のように呟いた。
「さて、どこに行こうかねぇ……」

《続》




前半の義体作るところの元ネタは言うまでもなくアレです。攻殻機動隊漫画原作のMaking a cyborgの章です。

後半に出てくる外家拳法とか内家拳法のくだりは「鬼哭街」からの設定です。詳しい説明はこのへんの鬼哭街公式サイトをご覧ください

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