#6 されど偽りの日々 - GHOST HACK -

攻殻機動隊と鬼哭街の混ざった世界に封神キャラがパラレル設定で出てくるお話です。色々と変なところは多いかもしれませんがそこはスルーしていただけると幸いです。
太乙の出身大学は北京大学にしようかとも思いましたが攻殻世界の北京は隕石落ちて壊滅しているので上海にしました。

「ですから——」
 道徳は先程から何度も繰り返してきた言葉を再度繰り返した。目の前に座る老境にさしかかった夫婦は信じられないといった目で目の前の資料を見ている。
「あなたがたの息子さんは最初から存在しなかったんです」
「嘘よ」
 妻が道徳の方を見て震える声で否定した。当惑と動揺を隠しきれない様子で机の上に視線を落としていた初老の男が顔を上げて言う。
「あの子は……うちの一人息子なんです。上海大学で義体工学と人工知能を専攻し、卒業してからたった一代で義体メーカーを立ち上げた、自慢の息子なんです。こんなしがない服屋の息子とは思えないぐらいのよくできた子で……」
 震える声でなおも説明しようとする男に対し、道徳は噛んで含めるように説明を繰り返した。
「確かにやつが上海大学に入ったのは事実ですが、あなた方の息子ではありません。フィリピン系の不法滞在者の私生児で、戸籍も存在しない人間だったんです」
「……でも」
 しばらくの重苦しい沈黙の後、自分を太乙の母親だと思い込んでいた女性が口を開いた。
「でも、私たちにはあの子を育てた記憶がはっきりと残っています。出産の時、夜中の1時にこの人に車を飛ばして貰って病院に走った記憶だって。あの子が小さい頃からの思い出だってたくさんあるんです」
 早口で一気にまくし立てる。説明することで今しがた目の前の刑事に告げられた事が覆されるというように。
「物心ついた頃から何にでも興味を持つ子でした。それから本当に本が好きでした。高いところにある本棚の本を取ろうとして脚立の上から降りられなくなって泣いていたことだって……」
 女性は縋るような目で見つめながら『我が子』の思い出を並べ立てた。そんな彼女に対して道徳は、心の底から気の毒そうな面持ちを浮かべて言った。
「ですからそれが偽の記憶だと申し上げているんです。ゴーストハックというやつで、あなた方は偽の記憶を刷り込まれ、赤の他人を一人息子だと思い込まされていたんです」
「そんな……何のために」
 先程まで自分を父親だと思い込んでいた男性に対して、道徳は説明した。
「不法滞在者で戸籍もない彼が大学に進学するためには、戸籍と明確な身元を準備する必要があったんです。あなた方はそのための踏み台にされたんだ。住基ネット上の情報をハッキングされ、電脳に偽の記憶を植え付けられてね」
「そんな……そんな……」
 道徳の言葉に、妻の方が口元を覆って嗚咽し始めた。その様子を苦々しい思いで見ながら、沈痛な面持ちでいた道徳に対し、初老の男は憔悴しきった目で尋ねた。
「この記憶、私たちに植え付けられたこの嘘の記憶、消せないんですか」
「残念ながら現在の技術では成功例は皆無と言ってよく、お勧めできるものではありません。お気持ちはお察ししますが、残念ながら……」


「で、私にあれを見せて、何がしたかったんだい?」
 隣の部屋からマジックミラー越しに一部始終を見せられて、太乙は隣に立つ燃燈に話しかけた。
「けじめというやつだ。君がしてきたことに関する事のな」
 燃燈は太乙に対して厳然とした口調で言った。
「本来であればゴーストハックは終身刑級の重罪だ。更に君にはそれ以外にも数々の犯罪の証拠がある。魂魄転写を行ったアンドロイドを用いた間接的な殺人、住基ネットに潜入しての戸籍データの改竄およびその証拠の隠滅、数え上げればきりがないぐらいのな」
 淡々と説明しながら、燃燈はガラスの向こうに視線を送った。そこでは泣き崩れる初老の女性が伴侶らしき男性に無言で肩を抱かれている。
「本来であれば何百年もの懲役刑を課しても足りないぐらいの犯罪歴だ。だが我々には司法取引をもちかける準備がある」
「法ねえ……この国でまだそんなものがまともに運用されていたのかい」
 どこか嘲笑するような声での太乙の質問には答えることはなく、燃燈は別の質問を投げかけた。
「ところで、大学を卒業せずに中退したのは何故だ?」
「一般教養科目のために学費と時間を支払い続けるのがアホらしかったんだよ。だから必要な科目だけ最短時間で履修して中退した。その後も興味のある授業を聴講したりはしたけどね」


「やあ、道徳」
 憔悴した老夫婦を公安部の玄関先まで送った後、取調室の隣室に足を踏み入れた道徳に太乙は親しげに声をかけた。話しかけられた道徳は何か言おうと口を開きかけたものの、気が変わったかのように口をつぐんだ。
「やっぱり捕まっちゃったね。君の電脳内に残したデータに足をすくわれるとは、私としたことが迂闊だったな」
「そう言いながらこれも君のバックアップの一つだったんだろう? 雲中子に君の拠り所である金光義肢公司を壊滅させられたとあっては、その義体一つでは奴に対抗するのは難しいからな」
 自嘲気味に首を振る太乙に対して燃燈が問うと太乙はどうでもよさそうな調子で答えた。
「さあ。どうだろうね。それより、私の哪吒はどこだい?」
「ラボだ。捕獲時の状態のまま収容してある」
「下手に手を加えたりしていないだろうね」
「うちの鑑識が復元とハッキングを試みたが、結論から言えば君の言ってたとおりの結果になったよ。あと身代わり防壁が三台駄目になり、拘束から逃れて這い出そうとしたのを制圧しようとした際にこっちの攻撃でダイブ用端末が一台真っ二つになった」
「あーあ。だから私以外の者には手に負えないから止めとけって言ったのに」
「ちょっと、笑い事じゃないだろ。一歩間違えれば大惨事になってたっていうのに」
 クスクスと笑いながら愉しそうに言う太乙に対し、道徳が咎めるように叱責した。が、太乙は悪びれる様子もなく燃灯に質問する。
「で、私は何をすればいいわけ?」
「君の最初の仕事は問題のアンドロイドの修復だ。それからこれを埋め込むこと」
 そう言って燃燈が懐から出したチップを見て、太乙は明らかに眉をひそめた。燃燈は気にせず続ける。
「君の身柄と同時に”彼”もまた12課の備品となる。安全チップの埋め込みはこっちの技術者が行うから心配しないで良い」
「一応聞くけど拒否する権利は?」
「勿論ない。チップを改造したり外したりしたら彼は廃棄処分にされ、君も即座に処分されるからそのつもりで」
 燃燈の通達に対し、太乙は不快そうに眉をひそめた。が、その件について何かを言うことはなく、代わりに顔を上げた。
「じゃ、おしゃべりはこの辺にして、さっさとラボに案内してくれるかい?」


 太乙と道徳を伴った燃燈は、12課のラボに入っていった。部屋の一角には強化ガラスで区切られた小部屋のような区画があり、その中を見た太乙は当てつけるようなため息をついて頭を押さえる。
「あーあ、哪吒、可哀想にあんなにされちゃって……全く、君ら人の心ってものはあるのかい」
「お前が言うなお前が」
 室内に控えていた慈航が突っ込みを入れる。強化ガラス一枚を隔てた作業室の中央にはサイボーグ用の手術台が据え付けられており、その上には少年型アンドロイドの上半身が安置されていた。静かに眠っているようにその両目は閉じられている。
「聞けばオメー、あの兵器に人間の子どもから抽出した魂魄を転写してたって話じゃねーか。ゴーストダビング、別名魂魄転写が特A級の犯罪ってされてる理由、知らねえわけじゃないだろお前」
 ラボの片隅で義体のメンテナンスを受けている海兵隊上がりの隊員、慈航が太乙の方を興味深そうに見ながら喋りかけてくる。
「確かにそうだけど、ゴーストダビングした時点で哪吒のオリジナルの肉体は死にかけてたんだ。放っておいてもいずれ死ぬし、だったら延命措置を行ったようなものだよ」
「そりゃそうだけどよ、だからってそれを殺人ロボットに仕立て上げていい理由があるかよ」
「人道云々を言うんなら、対物ライフルで半身こっぱみじんにしたあんたらも人のこと言えないんじゃないのかい?」
「いや、人道っていうならよ……」
「何だよ、はっきり言いなよ」
 険しい雰囲気になりかけていた慈行と太乙の間に奥に控えていた大柄なサイボーグ、黄竜が弁解するように割って入った。
「まあまあ、仕方ないだろう。あいつには12課の多脚戦車3機を破壊されているんだ。破壊しないで制圧しろっていう方が無理な話だ」
「だからってあそこまで破壊する事はないだろう。もーボディの半分以上がなくなってるじゃない」
 太乙が再びため息をつきながら言った。手術台に固定された哪吒の腰から下は千切れたようになくなっており、胴体からはチタン合金製の背骨の末端先端と焦げたケーブルやワイヤーが何本もぶら下がっていた。両腕も二の腕の途中から切断されている。
「文句なら文殊の奴に言ってくれよ。あいつの下半身吹っ飛ばしたのうちの狙撃手だからさ」
 そう言いながら慈航が奥の作業台で対物ライフルのメンテナンスをしている人物を一瞥した。その人物の両目にはサングラス型の埋め込み義眼が装着されており、黙々と分解されたパーツの点検を行っていた。
「あと両腕を切り落としたのは玉鼎な。うちの鑑識が電源入れたら下半身ないのに暴れ出して手に負えなかったから無力化してその間に電脳錠かけておいた」
 慈航が続いて指し示したもう一台の作業台では、長身痩躯の腰まで届く黒髪の男が倭刀のような刃物を手入れしていた。太乙が何かに気付いたようにぽつりと呟く。
「あいつ、見たところ生身のようだけど」
「そ。このご時世に一切の電脳化も義体化も行っていない、今時珍しいぐらいの完璧な生身。でもその生身の身体から放たれる内家の技は下手な重サイボーグ野郎が1ダースかかってきたって叶わないぜ」
「仕事の話に戻って良いか」
 それまで黙っていた燃燈が口を開いた。
「君の最初の仕事は、あのアンドロイドの修理を行うことだ。念のために言っておくが……」
「はいはい、分かってるよ。妙な真似はしないって。私のゴースト侵入鍵を握られている以上は、ね」
 そう言いながら太乙は哪吒の電脳錠を外すと電脳ケーブルを接続し、傍らのコンソールを操作し始める。
「直せるか」
「私に修理できない義体はないよ。それに電脳はそっくりそのまま無事だからね」
 そう言いながら太乙がコマンドを入力し終わった時、手術台の上で眠るように目を閉じていた哪吒の両の瞼が痙攣するように開いた。ぎこちない動きで上げた顔の前に千切れた片腕の断面を持ってくる。
「……よし、起動は成功。哪吒、哪吒、私が誰だか分かるかい?」
 太乙がどこか安堵したような声で質問すると、手足の千切れた人形は抑揚のない声でそれに応えた。
「うるさい。さっさと修理しろ、太乙」
「よしよし。すぐに治すからね。痛かったら右手を挙げるんだよー」
 どこか安堵した表情を浮かべながら、早速修理に取りかかった。
「……驚いたよ。今の反応を見る限り、あの人形には本当にゴーストが存在するんだね」
 ダイブ用の端末で、起動してからの哪吒の状況を一部始終モニタリングしていた普賢が感想を述べる。それに対して燃燈が腕を組んだまま回答した。
「本来、ゴーストハックは特A級の犯罪行為だからな……その証拠としてのゴーストダビング済みのアンドロイドがここに存在するだけで、終身刑レベルの重罪が保証されているようなものだ」
「じゃが、奴ほどの腕前を持ったハッカーはそう存在しないからの。監視付きでも12課の一員とする価値は十分にある」
 そう言いながら室内に入ってきた人物に一同は振り返った。公安12課の課長、元始天尊である。
「課長、上の方は大丈夫なんで?」
「うむ。現在のところはどうにか納得させられておる」
 そう言いながら哪吒を修理する太乙を見守る元始天尊に対し、それまで黙っていた道徳がおずおずと口を開いた。
「課長、私をスカウトしたのは、あいつという人材を確保するためだったんですか?」
「勿論それもあるが、君という人材も12課にとってはまた必要だったからだ」
 それに応えたのは燃燈であった。
「それはまた何故」
 質問する道徳に視線を送ることも、表情を変えることもなく、元始天尊に代わって燃燈が回答する。
「どんなに優れていても、同一の部品で構成された組織には欠陥が生じる。君のような人材も12課には必要だ」
「なるほど。しかし、義体化を全くしていない隊員だったら、玉鼎も居るんじゃないですか。しかも私は彼のように内家の技を極めているわけでもないし」
「そういうわけではない。もっとソフトウェア的な部分においてだ」
「どういうことです?」
「そのうちに分かる」
 燃燈はその一言で会話を途切れさせると、それきり道徳の方は一顧だにしなかった。しばらくの間、燃燈の横顔を見つめていた道徳もやがて諦めたように太乙の方向に向き直る。太乙は作業台の上一杯に広げられた工具や精密器具をせわしなく選んだり置いたりしながら、台の上に安置された少年型アンドロイドと向き合いその筐体ボディの修復に専念していた。

《続》

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